上海・豫園観光
新世界界隈・豫園、閘北区他を観光した時の情報や写真、動画、旅行記等を掲載しています。
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2013年 ~ 上海観光&旅行、新世界界隈・豫園、閘北区他編 ~
2013年の上海観光&旅行、新世界界隈・豫園、閘北区他編です。2013年3~4月の写真、動画と旅行記を掲載してます。
上海観光&旅行記
上海は観光の為に来る事はないとは思ってたけど、まさか生活する為に来る事になるとは思ってもなかった。当然暮らすのと観光で来るのとでは視点や物の見え方が全然違って、新鮮な印象を受ける事になるのです。
デジカメはα55に純正レンズのDT 18-200mmを装着して使用。
予備でdocomoのスマートフォン、防水機能があるXperia HD (SO-03D)を使用しています。
2013年の上海観光4 ~ 前書き ~
上海に来て約5、6ヶ月目、3~4月に気ままに撮影した写真、動画を掲載しています。3月は有給休暇消化で一時帰国していた為、中国旅行、上海観光の写真は少ないです。
まぁ中国、日本どちらにいてもやる事が多くて、**「3月は去る」**という表現がそのまま当てはまる、時間が経つのが早い月だったと思う。
上海の閘北区、職場付近で安宿・部屋探し。そして日常風景
ここでは上海の閘北区、職場付近で安宿もしくは部屋を探していた時に撮影した風景写真と、ユースホステル暮らしの味気ない日常生活の写真を掲載しています。仕事メインの生活なので、遠出する事はほぼなかったですねw
新閘路(Xinzha road)にある上海蘇州河畔国際青年旅舎、ユースホステルでのある日の生活風景。この日は仕事が終わり、安宿に戻ってマイペースで適当に勉強したり、中国語の単語等のメモをNumbersに書き写したりしていた。
ノートは一冊でも荷物になり、場所も取るので、手軽に検索&単語帳が作れるNumbersにメモし直していたのです。
この日は仕事が休みで地下鉄1号線の彭浦新村周辺で部屋か安ホテルを探していたのです。ユースは楽しいし安いのはいいのだけど、やはり職場からほど近く、個室でネット環境がいい場所に住みたかったので、暇な時はぼちぼち探していたのです。
左は彭浦新村の立体交差から東側を見た風景。貨物列車をよく見ました。右は立体交差の南側、上海駅方向を眺めた風景。
彭浦新村駅前の場中路を東側へ進みつつ、不動産屋か安ホテルを探してみる事にした。結局目ぼしい安宿、不動産屋がなかったので、共和新路を挟んで場中路の西側を探索する事にした。
因みにネット上にも部屋の賃貸情報はたくさんあるのだけど、電話しても「もう決まった」とか、「トイレは共同」とか、「外国籍は無理だなぁ・・」等、中々スムーズに探し出す事が出来ず、かつ、職場からほど近い場所は情報が殆ど出てないのが現状だったため、徒歩で不動産屋やホテルを探す事にしたのです。
この辺りはマンション群(小区)がたくさんあり、部屋探しには困らないはずだと思ったのだけど、不動産屋を5~6件回ってみた所、ファミリータイプの部屋が数戸貸出し中のみで、もちろん値段も高く、あえなく撃沈。結局右の写真の場所、「少年村路」界隈で写真には写ってないけど2012年に改装したばかりの綺麗で値段が光熱費込みで1ヶ月2500元の普通クラス(三ツ星)のホテルを発見し、取りあえずこの日の探索は終了したのです。
別の日、2012年11月に乗船場へ見送りに行った方がユースホステルに数日前に戻って来てたので、退勤後、ユース前の芝生でリンゴを食したりたわいのない会話をしていた。ところでこのりんごはマジで美味かったw
この日は仕事が休みだったので、徐家匯のデパートを回ってどんなテナントが入っていて、どんな商品がいくらで売られているか等チェックしつつお散歩。別の日。退勤後、キモタクさんと一緒に食事をした火鍋屋で宿の人達と食事。
ここの重慶火鍋は美味しいし、豆腐製品がお腹いっぱい、しかも安く食べれるので結局週に2~3回は来ていました。
日本に一時帰国
さて、3月下旬~4月4日までは有給休暇で日本に帰国していて、中国旅行とは関係ないのですが、個人的画像メモとしてその時に撮影した写真を若干掲載しています。
日本到着時中国との違いを一番感じたのは、やはり「空気」の良し悪しでしたw
ちなみに今回は上海~茨城間を結ぶ格安航空会社、いわゆるLCCの「春秋航空」にチャレンジする事にしたのです。
機内食を省いたり荷物の重量制限を厳格にしたり、使用料の安い空港を利用するなど、コストを削減して安く搭乗出来る航空会社です。因みに春秋航空は上海では人民広場前に直営のオフィスがあり、そこで日本を含む海外と中国国内のチケット、更には各種ツアー商品を購入する事が可能です。ネットでもチケット等の購入が可能です。
上海浦東国際空港から人生初のLCC、春秋航空で茨城空港へ
早朝の人民広場の地下鉄2号線。以前にも書いたけど、2号線は地図で見ると空港まで一本で繋がってますが、「广兰路駅」で折り返し運転をする為、そこで向かい側の車両に乗車して空港まで行く事になりますので要注意!
無事に上海浦東国際航空に到着。朝で、かつ観光オフシーズンの為なのか、人が疎らで空いていました。
春秋航空のカウンターが入っている第二ターミナル(第二航站楼)へと向かう。右が第二ターミナル内の風景。
上海浦東国際空港の第二ターミナル内をソニーのα55でパノラマ撮影した写真。実は今回春秋航空に搭乗する予定はなかったのですが、なぜかメジャー所の航空券が通常の1.5~2倍程値上がりしていた為、ネットで安い航空券を探した結果、春秋航空に行き着いたという次第なのです。しかもそれでもメジャー所の通常時の価格と同程度の値段でしたね。
推測で文章を書くのはよくないけど、まぁぶっちゃけ今以上に連日TVやネットで話題になっていた大気汚染等の問題で日中線の乗客が減少し(減少については各メディアで言及してた)、マイナス分穴埋めの為価格を釣り上げていたのかなぁと思った。
ターミナル内の案内板。α55で撮影したけど写真は白飛びしてるし彩度が低いですね。。右は春秋航空のカウンター。早朝だけどここだけ人がたくさん並んでる。皆頑張って早起きしてやって来たんだろうな・・。
意外な事に日本人利用客が沢山いた。しかも重量制限が15㎏で手荷物まできっちり計られる事を知っているようで、荷物もコンパクトで受付対応も慣れている感じの人ばかりだったので、何度も搭乗している利用客達なのでしょう。
15㎏の重量制限は知ってたけど初めての利用で、手荷物まで量られて厳格に超過分を徴収されるとは思わなかったので、超過分として日本円で約8000円も徴収されてしまった時に唖然としてしまった(XX)
荷物の大半を占めてたのは衣料品で、日本で洗濯機を回し、スーツ類はクリーニングに出して綺麗にしようと思って全ての衣類を持ち帰っていたのだけど、加えて購入した書籍も結構重かった為、結果重量超過してしまったようだ。
人生初のLCC、春秋航空の航空機に搭乗&機内の様子を撮影。座席とその間隔は「予想」より広いけど、中国東方や中国国際航空よりは狭い。この時は通常時より高いチケット代&超過料金を払わされた事もあり、二度と乗りたくないと思ったな。。
一眠りして起きた時には茨城県上空に到着していた。春秋航空の航空機から霞ヶ浦をしばし観察。
上海からあっという間に茨城空港に到着。日本に戻って来て最初に実感した事は「空の青さ」と「空気の良さ」、そして「太陽の眩しさ」だったなぁ。右は茨城空港の到着ロビー。地方空港らしい小面積で人がまばらな空港ですね。
空港利用者は茨城空港から東京駅行きの高速バスに「500円」で乗車出来る事は知っていたけど、出入り口で今日は予約なしで並んでいる人が多く、乗車出来るか分からないと空港職員のおばさんから説明を受けた。
まぁ予約はしていなかったし出発まで1時間以上あったので、茨城空港横に2011年から展示されているF-4J改(ファントム)とRF-4EJ(ファントムの戦術偵察機版)を、観光客や僕と同じく時間を持て余している人達に交じって観察。
典型的なデルタ翼機のジェット機ですね。偵察機と言えば成層圏を1年以上滞空出来、かつ世界のどこへでも○○時間以内で行ける偵察飛行船(高高度飛行船)をアメリカが開発中という記事を以前読んだけど、その後が気になるなぁ。
乗車出来るか分からない東京行きの高速バスを待つのが嫌だったので、JR石岡駅行きのバスに乗り、常磐線で上野まで出る事にした。のどかな田園風景と古い日本家屋の間を縫って、バスが写真のJR石岡駅の駅舎傍へと到着!
JR石岡駅のプラットホーム。青々とした空とさわやかな空気、太陽の光に満足しつつ、上野駅行の特急、「スーパーひたち」の到着を待つ。鉄オタではないけれど、旅行好きだしせっかくの機会なので乗車してみようと思ったのです。
JR常磐線の特急、「スーパーひたち」が到着!個人的に「茨城」というキーワードで一番に想像するのが日立だけど、携帯電話製造撤退以後、目に見える製品では購入した記憶がないw
右は「スーパーひたち」の車窓から撮影した田園風景。
「スーパーひたち」の車両内。座席も広いし快適快適♪ 流れるように列車が上野駅へと到着。この後山手線で帰路につき、とりあえず上海での生活は一時的ではあるけれど、終了したのです。
日本・東京での一時帰国時の生活風景
日本帰国後の翌日、スロット後に池袋北口のグレートインディアンにてグリーンカレーを食す。他の旅行者・海外で駐在、滞在している人達の例に漏れず、僕も帰国後は日本の食事の美味さに感激していたw それに食料の値段も上海より安いの多いし!
この日は原宿で衣料品やアクセサリー類をチェック。昔だったら素直に着れた服も、今着ると子供っぽくて嫌だなぁと思う辺り、歳を取ったんだなぁと思う。原宿は古着屋、チープな雑貨屋が好き。以前は高円寺や中野も同じ位好きな街だったなぁ。
この日は成増でショッピングをしていた。ここはダイエー内にあるダイソー。久しぶりに来たので記念に写真を撮ったのです。以前書いたけど、何気ない日常風景は当たり前すぎて写真に残そうという気が起こらないですよね~。
中国に住んでても、そこが何気ない日常風景だから写真を撮る気があまり起こらないのです。
別の日、左は池袋の公園に咲いていた桜。右は更に別の日に撮影した溜池山王付近の桜。ちょうど欲しい書籍があったので、有給で日本に戻って来ているにも拘らず、1週間程度単発のバイトをしていたのですw
その為お花見を楽しむ時間が取れなかったな・・。まぁこんな感じで日本一時帰国時の生活はまったりと終了したのです。
東京駅から茨城空港~上海へ
ここでは東京から上海に戻り、ユースからホテルに移動、その後の上海での日常風景の写真を掲載しています。
東武東上線のホームにて。書籍をScanSnapでPDF化したり、無駄な物品は置いてくるなど減らせる荷物は減らして、いざ上海へ向けて出発! ぶっちゃけ衣料品が一番荷物になって邪魔になるのでどうにかしたいですよねぇ。。
往復チケットなので帰路も春秋航空なのです。で、今回は東京駅~茨城空港までの高速バスを予約したので、東京駅八重洲口にある高速バス乗り場の切符売場で切符を購入しようとしたら、バスで直接払えるとの回答。右が切符売場の様子。
茨城空港行のバス乗り場には人がすでに並んでいた。で、予約していたけどちゃんと座れるのか不安になったよ。。
バスの運転手に予約した旨を伝えたけど、特に座席の指定をされなかったので、とりあえず窓側の座席に座る。
右側の車窓からは東京スカイツリーが見えた。漢字に直すと空木(ウツギ)、その花卯の花の花言葉は古風・秘密他、高さは634mで「武蔵(ムサシ)」等々、オカルト要素が多数見つかりますw そういえば東京タワーでさえ一度も上った事ないw
茨城空港に無事到着。空港の2階には食堂とお土産屋があり、テーブル席がずらりと並べられているので、出発時間までゆったり過ごす事が出来ると思う。右の茨城の特産品売り場では鯉・鮒の甘露煮や干したさつまいも等が売られていた。
茨城空港の出発ゲート付近の待合室へと移動。地方空港ならではの過疎っぷりですが、僕はゆったり出来ていいと思う。出発までの間、お腹が空いたので2階の売店で購入した「漁師せんべい」という海老煎餅を食べて見た。美味しいけど・・産地ry
何気ない青空だけど、しばらくこの青空を見る事が出来ないので撮影。どんな物でも事柄でも無くなったり離れる事で、それが如何に貴重な物、事柄であるか気づかせてくれますね。
さて、春秋航空の航空機へ搭乗開始。今回は体重計で鞄を含む全荷物の総量をチェックし、15㎏以内である事を確認していたので超過料金は発生していませんw
春秋航空の窓から眼下を眺めると本州のどこか、冠雪した雪山、山脈が見えた。一眠りして目を覚ますと飛行機は上海、土褐色に染まる長江下流域に到していて、貨物船の往来を見ている間に上海浦東国際空港へ向けて下降を続けていた。
上海浦東国際空港に到着!さて、両替の手数料がぼったくり価格なのを承知で日本円から人民元に両替する事にした。なぜなら現地時間17時を過ぎてた為市内の銀行窓口での業務は終了しているし、今回はユースホステルではなく、一時帰国前に見つけたホテルで部屋が見つかるまでの間過ごす為、先払いで1ヵ月分の宿泊料が必要だったのだけど、手持ちでは足りなかったため必要に迫られて両替する必要があったのです。
まぁATMから人民元を下せばいいのだけど、ATMのある駅で下車して下して行くの面倒だし、結局後日両替する予定だったので目についた両替所で両替する事にしたのです。ところで両替機の日本語訳に吹いたので写真撮影w
上海浦東国際空港の到着ロビーにてXperia HD SO-03Dで日付メモ。
1ヶ月2500元の三ツ星ホテル、「振茂賓館」にチェックイン! 綺麗な部屋でネットも無料で使えるし、シャワーもお湯が24時間使え、隣の小部屋にはなんと無料で使用できる「洗濯機」があり、かつ職場まで徒歩20分程度、バスでも3駅という、個人的には申し分ない住環境が整ったのです。しかもダブルベッドでエアコンも新しいのがうれしかった。
一通り荷物類を展開させ一休み。まさか洗濯機が使えるとは思わなかったので、暫くはこの「振茂賓館」というホテルに住んでも苦にならないなぁと思ったし、その通りだった。少なくともユースホステル宿泊時のような不便さは感じなかったね。
別の日、「振茂賓館」の玄関口にて撮影。実は前回下見に来た時は外人も宿泊可能だと言っていたけど、チェックイン時に受付の女性に「上の人に聞かないと分からない」と言われて焦った。
責任者らしき男性がパスポートをコピーしどこかに連絡を取り、暫くして「宿泊可能」だとの回答を得たので、タクシーで約15分、地下鉄7号線を越えた付近にある公安まで一緒に行って手続きを済ませ、1ヵ月分の宿泊費を支払い、ようやく宿泊と相成ったのです。しかもタクシー代まで出してくれた。
ちなみにこのホテル、有限会社だけど「中国海軍」のどこかの施設・関連企業?の所有だそうです。その事実を知った時、なぜか家康の時代、伊賀忍者が全国の宿場町で宿を経営して密かに情報収集をしていた事を思い出した。
でも今の時代そんな目的でこんな辺鄙な場所でわざわざホテル経営とかありえないし、なぜ軍関係がひっそりホテル経営してるのだろう? 地位のある人の小遣い稼ぎ目的?いや、すべては妄想の域を脱しないんだけどw
ここはホテル前、少年村路と場中路の交差点。道路が工事中のため道幅が狭いです。右は寂れた少年村路、振茂賓館前の風景。観光客目線だと、上海は新旧混濁している風景の対比も、見所の一つだと思う。
別の日、ここは江場西路と原平路の交差点、成億花園東区という小区でホテルからも近い。写真に写っているコンビニでよく買い物をしていた。この付近はこういう小区、マンションが延々と続いているだけで、書店等、目ぼしいお店もない。
これも別の日。仕事が休みなので、場中路を地下鉄7号線方面に向かって散歩した時に撮影した写真。少年村路は地下鉄1号線と7号線に挟まれた場所にあり、場中路はその2つの路線の間を走っている道路なのです。それにしてもどす黒い曇り空と悪い空気が気分まで陰鬱にさせてくれますね。。
さて、右は4月20日に四川省雅安(があん)市蘆山(あしやま)県で発生した地震のLIVE報道なのですが、驚いた事に、微博(Twitterと同じマイクロブログ)の情報を、情報の真否を確かめずにそのまま載せて実況していたw
しかも現場に駆け付けたアナウンサーが瓦礫に埋まった人を撮影したり、病院の様子を野戦病院見たいだと比喩しつつ怪我人に無理やりインタビューしたり、日本とは報道スタイルが違っていたのが新鮮だったw
別の日、ここは上海駅北口の広場。そろそろ上海近郊に日帰り観光に行きたくなったので、上海駅と北口にある上海長距離バスターミナルで実際の行き先と料金、発着時間をチェック。どんよりとした空が相変わらず陰鬱な気分にさせてくれます。
まぁこの時はどこに行くか決めかねていたので、チケットを購入する段階にさえ達していませんでした。
よく考えると僕は部屋探しもそうだけど、**「即断」**が苦手なようですw でも自分なりによく考えて行動するのは悪い事ではないですよねぇ。
ホテルに戻った後、普段は引き籠っていて周囲の店舗や環境をよく把握していなかったので、場中路を地下鉄1号線の彭浦新村方面へ散歩しながら良さ気な商店や食堂がないか探す事にした。
マンションと航空機産業の工場等広い敷地がある付近の川を渡り、彭浦新村方面へと更に進む。
この時、上海は広々として気持ちいいけど、大気汚染と劣悪な環境問題が解決して晴れ晴れとした青空を拝めない限り、心からゆとりのある生活を送る事は出来ないなぁと思った。
場中路で取り壊しがほぼ終わっている工事現場とショベルカーをしばし観察。道路の拡張工事を行っているようで、道沿いにバリケードや取り壊されて空き地になっている場所をよく見かけた。
因みに目ぼしい商店や食堂はありませんでしたね。あ、僕は魚以外の肉は食べないようにしているので、火鍋屋や牛肉拉麺等、肉がメインの食堂やレストランはアウトオブ眼中ですw
大世界から散歩しつつ豫園観光へ行ってみた
ここでは大世界界隈から歩いて、上海観光では初級編の地位を確立しているであろう豫園へと散歩をしに行った時の写真と動画を掲載しています。
以前も何度か行った事があるのだけど、豫園庭園内の写真は紛失していたので、再度撮影したかったし、店舗や周辺環境の変化をチェックしたかったので、久々に行って見る事にしたのです。
大世界、金陵東路付近
人民広場で地下鉄1号線から8号線に乗り換え、大世界駅へと到着。1駅なので歩いてもよかったかな。。
右は大世界駅構内の様子。上海の街にすっかり馴染んでるファミマもありました。
地下鉄8号線、大世界駅の外、金陵東路界隈をXperia SO-03Dと魚眼レンズで撮影した風景。フランス租界時代の建物が所々残ってる地域なので、オールド上海の風情を感じながら散歩出来る街だと思います。
金陵東路沿いの横道、比較的整然として落ち着いた街並みの狭い空間から垣間見える空が、どんよりと霞んで晴れ晴れとした青空でないのが残念です。所々洗濯物が突出ている光景がいかにも上海らしいですねw
しばし大世界~豫園界隈、金陵東路周辺の風景写真が続きます。長屋の遠方に金陵東路と並行している延安東路が見えます。因みに上海ではとにかく徒歩移動の距離が日本より断然長くなるので、時間節約の為にも電動バイクの購入を考えていました。個人的には上海に住むならば、せめて自転車位は購入すべきだなと感じた。
街路樹が目を引く涼しげな金陵東路の横道。緑があるだけで雰囲気が一変しますね。さて、この金陵東路なのですが、道沿い至る所に「楽器屋」があり、上海の他の通りとは一風変わった独特の雰囲気を醸し出していた。
とりあえず視界のどこかにかなりの確率で洗濯物が見える、上海らしい住宅街と街並みが続いている。こういう生活感溢れる小区の一室を借りて、上海一人暮らしを満喫したかったのだけど、思うだけで部屋を借りる事は結局なかったですね。lol
金陵東路が河南中路にぶつかる手前付近で小さな商店が複数入っている長屋を撮影。個人的に新疆の特産品を販売している商店が気になった。 新疆ウイグル産の胡桃やアーモンド、干しブドウ等は身が詰まって味もしっかりしていて美味しいのです。
そういえば新疆産のワインも、個人的に中国旅行に行ったならば一度は飲む事を薦めたいくらい美味しかったです。
豫園駅付近
河南南路に出て右折した所にあるファミマで豆乳を購入。機械で作る豆乳が無い時は、パック販売品の中で唯一砂糖が入ってない写真の純粋の豆乳を購入して飲んでいるのです。小さな食堂で購入するよりは安心感があるのですw
道標が豫園まであと550mだと告げている。視界には既に地下鉄10号線の豫園駅が映っています。
河南南路と人民路の交差点付近の風景。租界時代に建てられたと思しき建物と高層ビルの対比が印象的だ。
租界時代の建築と思しき建物が独特の雰囲気を感じさせる路地。右は交差点の中間地点にある花壇とモニュメント。実はここでシンガポールから観光に来たという男女に話しかけられて雑談。雑談の帰結として、
「お茶屋にいかないか?」
と誘われたけど、豫園に行く事を告げて速攻で別れた。もうお分かりの方もいるかとは思いますが、典型的な詐欺ですので、お茶屋、喫茶に誘われたり、変な英語や日本語で話しかけられたら要注意です。
豫園の側にある福佑門商店街。この建物内部に個人&企業経営の様々なテナントが入っている。
このあたりは地下鉄10号線も出来たし開発が進んで一昔前とはすっかり様相が違っているため、別の場所に来た気分になってたのだけど、この一角は記憶にある限りではあまり変わっていなかった。
開発反対運動でもあったのでしょうか? ネットで調べたけどよく分からなかった。ついでに日本の商店街の開発反対の様相を調べたけど、凄まじい気迫を感じるページが沢山出て来ますねw
これぞ、The Shanghai、The Chinaって感じの露天、商店街が建物内に続いてる。ただ以前来た時と比べて客が格段に少なく、活気がないのが物足りなかったなぁ。怪しいパチ物を売りつけて来る客引きもいなかった。
ここは先ほどの商店街の隣にある華泰珠宝商店街という、やはり様々なテナントが入っているビル。どの店主、店番の店員もPC画面を見ながら営業しているので、路上や軒先での販売店の様な活気が感じられない。
2013年2月の中国ネットワーク情報センター(CNNIC)報告によると、携帯を含むネット決済利用者は2億2千万人以上いて、その「使用率」は39%以上、つまり3回に1回はネット上で買い物をしている計算になるそうなので、路上や店先の掛け声の熱気が、ネット上での誇大広告とデザインや値引き、特典等の目を引く要素に置き換わっているのも何となく納得できるw
こちらは中国らしい翡翠や玉を使用した骨董品や骨董品っぽい飾り物、電話等が売られている、華やかな雰囲気が感じられて見ているだけで楽しくなる店舗。骨董品・宝石類には詳しくないし、今の所調べる必要もないので価値や質の見極めがよく分からないw
そういえば金持ちを訪問する中国の番組で、アンティーク家具以外に黄金製の便器がある豪邸を見た事あるなぁ。
豫園商城の街並み
先ほどのショッピングモールを抜けると、福佑路に出た。もうここは豫園圏内だと認識していいと思う。先ほどのビル内のショッピングモールとは違い、観光客や地域住民の往来が頻繁なので活気がある。
また、ここでも紛い物のブランド商品をしつこく売り付けてくるような人達に出会う事はなかったですね。チープな玩具や小物等、お土産に適した商品がよく目に付きます。
土産物用の雑貨を中心に販売している10元ショップ。特に珍しくもないので素通りし、豫園へと歩を進める。
何やら帝冠様式っぽい建物が見えて来た。ここは老鳳祥銀楼という宝石類を取り扱うお店の総本店でした。
ネットで調べた所、多数の店舗があり、人工の宝石から正統派の宝石類まで取り扱っていて、特に悪い評価も無い、お土産に宝石類を購入するならば選択肢の一つに挙げてもいいお店だとは思います。
豫園商城へ到着。ここは特に変化がないのですぐに分かった。この中に豫園があるのです。昔はこの商店街も庭園の一部だったのだけど、戦後の改修を経て1961年に一般公開され、現在の姿になったそうです。
豫園商店の露店で販売されていた金属製のバイクのミニチュア。ところで観光地ってその場所にあまり関連性がない、もしくは全く関連性がない物を販売しているけど、勢いでつい買ってしまいそうになるよね。。
さて、大きな銀杏の木が植えられている豫園商店の中庭的な場所にやって来ました。空が光化学スモッグか大気汚染の影響で白くもわっとしてるので、α55でPモードだと景色に空が入ると白飛び気味になってて、コンデジで撮影したみたいだ lol
さて、豫園老街と書かれた扁額が掲げられた山門をくぐり、その中に軒を連ねる商店街へと入って行く。中華建築独特のデザインと、武骨なコンクリではない木造建築ならではの温かみのある雰囲気が印象的です。
この辺りになると、外側のどこにでもある様な商品を扱っているチープな土産屋ではなく、一風変わった雑貨や衣類等の商品を陳列している店舗が目立って来た。トトロの風鈴は可愛かったな。。右は陳列している石でハンコを制作してくれる店舗。
日本人の名前がサンプルで出ていたので、やはり上海観光で豫園に来る日本人観光客が多いのでしょうw この店舗に関しては値段が明確に記載されていたので、欲しい人はぼったくられる事を気にする事無く安心して購入出来ると思います。
どんな商品が幾らで売られているかチェックしつつ、案内板に沿って湖心亭へと進むに従って、徐々に人が多くなって来た。豫園に来たなら一度は食しても損はない、上海の観光ガイド本にも載っている「上海小吃人家」という、小龍包等の軽食が食べられる店舗が昔と変わる事無く健在していた。この時はまだお腹が空いてなかったので何も食さず。
ここが豫園の湖心亭という喫茶店がある池で、無料で入れる部分では、ここが豫園の中心だと認識してもいいと思う。この池を横断している「九曲橋」から、池に生息している鯉をしばし眺める。餌をあげる親子連れの観光客がちらほらいました。
獅峰山という龍井茶の名産地があるのですが、その産地だと謳った緑茶葉を豫園の湖心亭前、九曲橋の橋上で売る夫婦らしき二人組。売ってる茶葉よりどうやって営業許可を取ったのかが気になったw
因みに橋は七曲りしかなく、池には厳つい顔の、思わず吹き出しそうになった微妙な表情の彫像が鎮座していますw
九曲橋の橋上から豫園庭園の入口が見えますが、早速中に入ってみようと思います。今回は前述の通り、入場料を払って庭園内を観光しつつ、以前撮影したにも拘らず紛失した写真を補完する事が目的なのです。
豫園庭園の観光情報
豫園庭園内を観光する前に、豫園の簡略を記載したいと思います。
豫園は明の時代、1559年から役人の藩氏が造園を始めた庭園で、周辺も含め、40以上の古代建築を見る事が出来る庭園なのです。 また、藩氏の没落後は時の時代の有力者により改築されて来た経緯があり、近代では小刀会という結社が流民と共に決起して仏・清軍と抵抗したのですが、その本部(点春堂)があった場所としても有名です。
その後、改修を経て1961年に一般公開されたのが、現在の豫園の原型なのですが、文化大革命期に若干荒廃したため、革命以後再度巨費を投じて修復されたという経緯がある庭園なのです。
| 豫園庭園の情報 | 詳細 |
|---|---|
| 場所 | 上海市黄浦区 |
| 開園時間 | 8:30~17:00 |
| 入場料 | 大人30元、繁忙期40元。 子供10元 |
| 交通 | 地下鉄10号線、豫園駅から徒歩10分程度 |
| 公式サイト | 豫園の公式サイト(中国語) |
豫園庭園内を観光してみた
ここが豫園庭園の入場券売り場。繁忙期ではないので、通常料金の30元で購入出来ました。因みに豫園とは関係ないけど、上海市内の見所を効率よく巡りたい場合は、現地や日本で募集している団体ツアーに参加するのもありだと思う。ガイドがちゃんと解説してくれるし、一つ一つの観光地の入場料が確実に安いし、気になった場所だけ後日行くという方法もとれるしね。
チケットを渡していざ豫園へ入場!全体を見せたい場所が多かったので、XperiaのSO-03Dと魚眼レンズを多用しています。右は「三穂堂」前にある、江沢民の言を清書したのかどうかは不明だけど、江沢民の名が刻まれた石碑の写真。
豫園の三穂堂内部。入場門のすぐ傍にあるので、偏屈な観光客でなければ先ずはこのお堂を観覧すると思う。見たい場所から、もしくは予め決めた順に廻ろうとする観光客はそうそういないとは思いますけどねw
ここは1760年に建立され、三穂堂には「禾生三穗,乃丰收之征兆」(三穂の稲が生るのは、乃ち(すなわち)豊作の兆候)の意味が込められていると百度百科に書かれていました。
まぁ豊作を祈願して建立されたのかなぁと個人的には解釈した。
豫園全体の鳥瞰図、案内板。まぁ写真に撮っても実際に方位磁石と地図、建物名を照らし合せながら進まないと、そこがどこだか分からなくなると思いますので、最低限スマホの方位磁針アプリ程度はインスコしていた方がいいと思う。
豫園の庭園内、三穂堂付近の風景。実は豫園は奇岩が至る所で使われていて、特に武康の黄石を切り出して造られた大假山という岩山が有名なのだけど、この通路も武康の黄石で造られたのだろうか?
まぁコンクリートや安価な素材で再建された物ではない、本物ならではの趣と豫園独特の風情が感じられる場所だとは思う。
庭園らしい石垣や花壇、如何にも中華的な壁、嵌め込まれた文様を眺めながら通路沿いに前へと進む。
ここは豫園の、魏晋南北朝時代の王羲之の書、「蘭亭序」の一節、「此地有崇山峻嶺」(直訳で、ここに高くて険しい山がある)の文言が掲げられている仰山堂。地図で見ると三穂堂と隣り合ってるのだけど、ぐるりと回って来なければ入れなかった。もしかしたら入れたかもしれないけど、豫園の道に詳しいわけじゃないので、そこは勘弁してw
此地有崇山峻嶺(ここに高くて険しい山がある)の扁額が掲げられている、シンプルな内装が印象的な仰山堂。因みにここの二階、巻雨楼から大假山を池越しに望む風景は、読んで字の如く、雨の日に登ると霧雨の降る山峡にいるようで、唐詩の一節、「珠帘暮卷西山雨」(玉のカーテンの様に美しい西山の雨)になぞらえられる程の絶景だそうだ。
豫園、回廊沿いに曲檻臨池を眺める。餌を期待してなのか、豫園の池では常に錦鯉が眼下に群がって来ます。ってか、これは錦鯉というか大きさ的には「色つきの鮒」かもしれないですね。。間違ってても悪しからず!
豫園庭園内の回廊に吊り下げられている灯篭。夜、火がゆらゆら照って、水面を照らしている光景を想像しつつ前へと進む。右はα55のフィルタ機能、「レトロフォト」で撮影。白飛びしすぎだなぁ。。
豫園、曲檻臨池の傍でXperia HD acro SO-03Dで日付メモ。そういえば2013年から「NFC」を使ったお財布携帯サービスが本格的にスタートしたのですが、今の所デビットカード的な使い方と限定的な電子チケットサービスがメインですが、気になる方は中国のニュース、携帯会社のサイトから最新情報を仕入れる事をお勧めします。日本語だと情報が乏しいですから。
因みに中国語でお財布携帯は、日本語を直訳した「手机銭包」なのですw
豫園の見所の一つ、高さ14m、幅60m、奥行き40m、張南陽という人物が浙江省武康の黄石を積み上げて築いた大假山。僕にはこれら岩山の良さがいまいち分からなかったけど、これらの岩がない庭園を想像してみると、豫園が自然らしさが欠けた味気ない庭園になってたと思うので、確かに岩の存在はこの豫園にとっては欠かせない存在だと思ったけどどうよ?
豫園の大假山付近の通路の上には蔓植物が涼しげな木陰のトンネルを作っていて、屋根瓦に生しているコケと相まって視覚的にも爽やかだ。黄石で造られた壁伝いに更に前へと進むと木々と黄石に包まれた広々とした空間に辿り着いた。
ツツジらしき花。子供の頃はツツジの蜜が美味しかったのでよく啜ってたなぁ。。右は壁に埋め込まれた浮彫細工。
とりあえず木々の間から回廊沿いに奥へ歩を進める。右は欧米系のおばさん観光客と共に撮影した豫園の壁に掲げられている石文(石碑)。何て書かれているのかよく分からなかったけど、十分歴史を感じさせてくれる石文だった。
豫園庭園内に所々咲いている花を撮影。瓦や壁が湿っぽく、苔が生えてる古い建築独特の雰囲気を心地よく感じた。
豫園庭園内の風景。屋根瓦と草木と、瓦を埋め込んだ地面の対比が見所の一角だと思う。右は豫園の見所、万花楼。
「花神閣」と呼ばれた遺跡上に建てられた、「花が深々と生い茂る場所」だったのがその名の由来の建物で、1843年に再建築され、1950年代の修復時に「万花楼」と名付けられたそうです。建物の前には樹齢430年を超える銀杏の木が残ってます。
これが豫園、万花楼の前にある、樹齢430年を超え、高さが26mもある銀杏の樹。全体を写したかったので、Xperia acro HD SO-03Dと魚眼レンズで撮影。表面に苔が生している、存在感抜群の大木だと思う。
こちらは回廊が壁で2つに分かれている、個人的には玉を咥えている龍の頭が印象的だった複廊。取りあえずα55でパノラマ撮影。屋根をよく見ると、猿やウサギ鯉等の彫り込みがあり、手が込んでいる事が分かるかと思います。
こちらは豫園、先ほどの樹齢430年を超える銀杏の木をα55で撮影した写真。庭園のスパイスである奇岩を鑑賞しつつ移動する。どの草木も手入れが行き届いている事に感心です。
ここは豫園の龍壁と言われる壁。壁に覗き窓が多くあるこの豫園にあって、覗き窓、彫り物が一つもないのが印象的だった。龍壁の反対側に蔵宝楼と点春堂等の重要な場所があるので、隔絶する為の措置だったのでしょうか?
こちらは豫園庭園内、龍壁付近で見た壺を模った出入口。石畳の小道も印象的です。右は古井亭。
どの建物か忘れたけど、屋根瓦の上に配置された三国志の人物を模した像。中国では三国志の登場人物の中では関羽が絶対的な人気を得ていて、「中国は関羽」、「日本は孔明」、「米国は曹操」が好きらしいけど、果たして真相は如何に!?
これは豫園の銘木、茶梅。茶木より小ぶりなのが特徴で、烏龍茶梅、緑茶梅等のお茶としての品種以外に、観賞植物、盆栽としても人気のある木だそうです。僕は意識して購入した事がないし、お茶よりはコーヒーを愛飲しているので知らなかった。
ここは豫園、どれがどの建物か分からないけど、点春堂と和煦堂(Hexu Hall)付近の風景。点春堂は小刀会が流民を巻き込んで決起し、本部を置いた場所だけど、一日本人にとっては歴史的背景を考えるような場所でもないし、ましてや特別な感情が湧いて来るような場所でもない、ただのお堂の裏側以外の何物でもない場所だと思いますw
点春堂と和煦堂付近の壁に嵌め込まれた奇岩。奇岩と壁の間がひび割れてて黒ずんでるけど、これは元々ここにあった物ではなく修復の過程で勝手に付け加えた為、劣化して来たのか、それとも修復が雑だったのか、とにかく違和感ありありです。
ここも点春堂と和煦堂付近。地図から推測して和煦堂の傍だと思いますが、間違ってるかも。建物には細かいレリーフが嵌め込まれていましたが、調べても由来や、日本の鏝絵(こて絵)的な価値がある物かどうかさえ分からなかった。
ここが和煦堂(Hexu Hall)。看板には、「ここは山に面し、水を背にして夏は涼しく冬暖かいお堂で、堂内に陳列している家具はガジュマルで造られた精巧かつ独創的で、二百年以上前の物」だと書かれている。
これがガジュマルで造られた家具なのでしょうが、素人目にはこの椅子の良さが全く伝わって来ない。全てが丸みがかって滑らかになってるので、このまま座っても痛くないかもしれないなというのが第一印象。また、ガジュマル制の家具で先ず思い付いたのが**「ピグアイランドのガジュマルの木」**とかそんなレベルだしw
豫園、和煦堂の裏手にある打唱台というお堂。半分が奇岩から流れ出る水面が溜まった池に突き出ていて、文字通り歌劇の舞台として、また、祭事の際にも利用されていた趣のあるお堂だそうです。
ここが豫園の小刀会の本部が置かれた点春堂。特に感慨深い物もないけど、この時代の事で思い付く事を一つだけ挙げるとすると、当時、「お金さえもらえれば問題ない」的な発言をして、清国内の混乱から租界に逃れて来た人々を受け入れる(妥協)決断をしたイギリス本国の誰かと、ロバート・ハートというイギリス人が上海租界の海関、関税の仕組み造りに貢献し、その後の人生を何十年も中国で過ごす事になるとは思わなかったと記していた事を伝えていたTV番組が印象に残っている程度だ。
小刀会の本部が置かれた点春堂内部には、小刀会、太平天国ゆかりの物品が展示されているけど、博物館的な施設ではないので、歴史を飾っている割には質素な内装だ。小刀会や時勢の説明、写真等が多数展示されていれば見応えあるのに。
点春堂を後にして、水廊、内園方面へと向かう途中の風景。銀杏の芽が芽吹いていて綺麗だったので、α55のビビッドモードで撮影。雑木林の緑が空気だけではなく視覚的にも爽やかにしてくれている一角です。
ここは豫園、九獅軒付近の風景。無造作に放置された石材が目について、せっかくの景観を台無しにしていた。
ここは会景楼付近の、奇岩を丁寧に積み上げて造られた比較的大きな池の畔で、広々として気持ちがいい場所です。
会景楼付近の比較的大きな池をα55でパノラマ撮影。池の畔に一人佇んで、しばし休憩。
こちらも会景楼付近の風景。ふと、住人はいなくなっても建物と景観だけ残っている所が、上海万博の跡地の光景と重なる。ただ、こちらは残像ではなく常に上書き&更新されてる場所だという点で異なってはいるけどね。。
内園に向かう途中、またツツジの花を見かけた。淡いピンク色の花弁が草木生い茂る緑の空間に文字通り色を染めてますw
豫園の内園付近にある石橋、環龍橋付近の風景。この辺りで一気に観光客が増えて来ました。橋は石材が煤っぽい物を浴びたらしく黒ずんだ部分があり、風化の痕も顕著なので、修復されていたとしても近代より以前の修復物だとは思う。
豫園、内園への出入り口の一つ。奥には古劇台他、見所があります。屋根瓦が印象的だったのでアップでも撮影。
ここは内園の向かい、涵碧楼(楠木彫花楼)の彫刻。何か・・グロテスクだなというのが率直な印象です。
広場から内園へと移動する時に撮影した門扉。先へ進むと建物沿いに奥へと続く回廊があった。
途中、洞天福地の傍を通る時に小さな池があり、これまた小さな滝が流れていた。個人的な印象として、中華式庭園は、日本の時の流れを感じさせる様式と、西洋の造形重視の様式が混ざっている感じを受ける。
ここは聳翠亭だったと思う。間違ってたらゴメン。で、傍の龍壁と、瓦が器用に敷き詰められた地面が印象的な場所です。
豫園の内園内にある聳翠亭傍の龍壁。多重構造の凝った造りですね。せっかくなのでXperia HD SO-03Dで日付メモ。
龍壁は見た感じ煤けていて古く、また、竹の幹を模した柵と、柵の役割も果たしている石像が嵌め込まれてるのが印象的。
さらに奥へ進むと内園の東看廊に行き着くのだけど、階段を下りるとそこには壁に掲げられた、同治陸年(1867年)に税金に関する事を記した碑文があります。ここで、また別の欧米系のおばさんに遭遇。こういう古い碑文・漢字に興味があるのかな。
豫園の内園、碑文が掲げられ、女貞の樹が植えられている東看廊周辺をパノラマ撮影。奇岩が目立つ区域です。
東看廊から古劇台に向かう途中、狛犬っぽい石像と、精巧な細工が施された浮彫細工があったので撮影。狛犬は煤けていて年代を感じさせ、浮彫細工は牛、鳥等の動物と人が躍動感溢れるタッチで造り込れていて、素人ながら見入ってしまった。
この一角は建物の陰で日が当たらず、草木が生い茂り、それが更に周囲を薄暗くしていたため、涼しくて落ち着いた雰囲気の中に、若干寂しい雰囲気が感じられる場所だ。右は淡い水色のスミレっぽい花が咲いていて、目を引いたので撮影。
ここが豫園の内園で一番目立つ建築で、古劇台という舞台。100年以上前の建築で、舞台を正面に観客席を兼ねた建物が長方形に囲んでいる、比較的規模が大きな劇場なので、舞台が開かれた時はさぞかし華やかだっただろう事が伺える。
さて、中国人観光客の団体が建物の由来について説明を受けている中、この古劇台をα55でパノラマ撮影。一階部分には何時のかは分からないけれど、豫園の名所をフィルムの一眼レフで撮影したであろう写真が展示されていた。
デジカメとは彩度の度合いが全然違って味のある写真が撮れるので、たまにはフィルムカメラを使ってもいい気がして来た。ヤフオクで売れなかった単焦点とズーム出来るのを2~3台放置状態だけど持ってるんだよね。。
古劇台を離れ、そろそろ出口を目指して進むと洞窟状の抜け道を発見。以前来た時もここを抜けた事を思い出した。
豫園、門の傍にある松の木をズームで撮影。雨露に濡れた松の葉を想像すると、ここも風情のある場所だなぁと思った。さて、豫園の内園の傍にある出入口を発見したので、ここから豫園商城へ戻る事にした。以上で豫園庭園内の観光は終了です!
再び豫園商城へ、そして気になった商店の簡略&紹介
ここが豫園の内園付近と商店街を繋ぐ出入口。喪失した写真が補完出来た事に満足しつつ、ここから豫園商城~人民広場まで散歩してホテルに戻る事にした。
この付近の店舗は先程と同じく、選りすぐった商品を扱う店舗が多く、特にお茶や工芸品等はネット上の評判を読む限りだと、偽物かどうか心配する必要もなさそうだし、お土産購入にはいい場所だと思う。
多彩な雑貨を扱う店舗は見てるだけで楽しい。観光地には様々な色があるけど、ここは明らかに「古」が主題の観光地だ。
ここは陶器の箸や置物、人形や扇子を販売している店舗。どこかに値札があった気がしたけど写真には写ってないですね。お金がある人は別として、普通の人は一つのお店ではなく、複数のお店の値札、もしくは口頭で値段をチェックし相場を確認しつつ店巡りをするといいと思う。
まぁ口頭で聞くと店員の営業トークでついつい買っちゃう事もままありますけどね。。
以前はなかった「争鮮」という回転寿司のお店を発見。日本語そのままだし、軒先から寿司が回っている様が正に一目瞭然でしたw その付近には「超人おもちゃ」というアニメショップがあり、人目を引くディスプレイに道行く観光客が一瞥していた。ところで人民広場付近の福州路にもアニメショップがあり、日本直輸入の本物を高値で販売してたな。
こちらは琉璃坊という、琉璃細工(ラピスラズリ)を扱う店舗。以前と比べて衣料・食品・雑貨等何でもごちゃ混ぜにして販売する店舗が減って、こういう専門性が強い店舗が増えて来てるのは、「クオリティ」を高めてる点で、いい事だと思う。
1522年創業の「青芝田」という、主に福州寿山産の石を使った工芸品等を販売している老舗。米に字を書いて装飾品を作ってくれるので何となく覚えている。因みに淘宝にも出店してるので、実店舗に来なくても購入が出来ます。
たこ焼き屋を発見。上海の街中でも見かけるので珍しくはないけど、食した事がなかったので試食する事にした。調理器具は見た目は日本の物と変わらない。日本の中古調理器具は中国でも購入出来るので、寧ろ日本製かも。
豫園商城、商店街で食したたこ焼き。肝心のお味はソース、鰹節含め、日本のたこ焼きそのものでしたw
ここは豫園の、中華点心で有名な「南翔饅頭店」。人がたくさん並んでいた事と、肉類が多いので今回は食さず。代わりに先程見た「争鮮」で鰻の蒲焼寿司を食す。山椒も付いて、味は日本の鰻の蒲焼とほぼ同じで、価格も10元で安かったです♪
個人的に仕事が休日、若しくは退勤後にここの寿司を食べる為だけに、豫園商店街に来る価値があると思った味でした。
ここは豫園商城を出た付近にある、「紫錦城珠宝(宝石類)交易センタービル」。紫禁城の「禁」を、四声は違うけど同じ発音の「錦」に変えただけの表記ですね。さて、これにて豫園と豫園界隈の観光は終了!引き続き、「古邑新辉」(古い都市が新しく光り輝く)の扁額が掲げられている山門を抜けて、人民広場まで散歩します。
豫園から人民広場まで散歩してみた
豫園付近、来る時に見かけた金陵東路の小区へと突入。洗濯物がいかにも上海っぽい雰囲気。右は寧海東路付近の街並み風景です。光化学スモッグの影響か、空が妙に明るく霞んでましたねぇ。。
寧海東路と浙江南路の傍にある延福緑地を通過。右は延安東路付近の風景をα55のレトロモードで撮影した写真。
ここは福州路付近、上海らしい建物が並ぶ一角。右は浙江中路で見かけた、上海で一般的に見られる果物屋。ここからは、福州路にある書店で立ち読み→地下鉄1号線→バスでホテル付近→食事→ホテルの順で戻ったのです。
さて、ホテルに戻った後、細かい塵がBonzの魚眼レンズ内に入っていた為、分解清掃。
Bonzの魚眼レンズを分解掃除。低解像度だけど、役に立つやつ!まぁお金が出来たら一眼レフの純正魚眼レンズ買って使いたいですけどね。。lol 取りあえず塵は無くなったけど、大気汚染の酷さを象徴している様で不安だった。
2013年、日本一時帰国と上海・豫園観光のまとめ動画
2013年3月~4月、日本一時帰国と上海・豫園観光のまとめ動画です♪
















































































































































































































































