2017年 大連・旅順観光2、203高地と万忠墓
2017年4月23日、大連・旅順にある万忠墓、旅順日露刑務所旧跡陳列館と日露戦争の激戦地、203高地を観光した時の写真や動画、旅行記を掲載しています。
Home > 大連・旅順観光2
2017年 ~ 大連・旅順観光2、万忠墓、旅順日露刑務所旧跡陳列館と203高地 ~
大連の黒石礁にあるバスターミナルから旅順へ行く2002路バスの高速版のバスが出ているのですが、それに乗って旅順の203高地へと行ってみる事にしたのです。
万忠墓は日清戦争ゆかりの文物、写真が展示してある展示館で、旅順日露刑務所旧跡陳列館は日露戦争後、日本がロシアの刑務所をそのまま引き続き利用していた刑務所です。今回は改修で入れない事は知っていたのだけど、外観を一目見たかったので行ってみました。
203高地は日本人なら誰でも知っているはずの日露戦争の激戦地で、乃木希典大将の次男、乃木保典が戦死した場所でもあります。まぁそんな事知らなかったんですけどね。現在は麓に桜が咲く観光地になっています。 因みに203高地には日本の榴弾砲と露西亜のカノン砲があり、爾霊山と銘打たれた、砲弾の破片などで作られた爾霊山塔(慰霊塔)が建っています。
写真と動画はSONYのDSC-QX10と、Lenovoのスマホ、VibeShotシリーズのZ90-3を使用して撮影しています。
朝食を食し、黒石礁から旅順へと向かう
4月23日、今日は大連・旅順にある日露戦争の激戦地、日本人なら誰もが知っているであろう二〇三高地に行くと決めていたけど、203高地だけではなく散歩しつつ他の場所も見たかったので、昼からではなく朝から行く事にしました。
昨日に引き続き、また豆腐脳を朝食に食す。このボリュームで3元で、味も美味かったのに、メニューから消えたのが残念です。
今度は2002路の普通のバスではなく、2002路の高速バージョンで行くと決めていたので、黒石礁のバスターミナルへとやって来ました。
大商超市(スーパー)で、いつもの上好佳の豆を75%使った油で揚げてないスナックと、初めて見た豆のパンを試しに購入。パンは大体具だけ食べて、がわは捨ててます。もったいないので本当は買わないのだけど、選択肢がないのでしょうがない・・。日本にいたらおからパン自分で作るんだけどさ!
黒石礁からTJライナー、否、2002路の快速客車(高速バス)で旅順へ向かう
さて、黒石礁のバスターミナルへと向かう。あ、動画メインなので旅行記適当です。詳細は動画見てね!
動画で使った画像そのまま使いまわすけど、これが大連、ユースから旅順と、旅順バスターミナルと203高地周辺の位置関係。
7元で旅順までの切符を無事にゲット!出発時刻は決まってなくて、来れば乗れるという中国的なスタイルですが、必ず座れるので、この2002路の高速バスは個人的に東武東上線のTJライナー的な存在になっています。そう、心は常に板橋区にあるのですw
それではしばし、大連の黒石礁から旅順までの車窓風景をご覧下さい。旅行記適当です。ちなみにこのタイプの旅客車両は2016年に導入されたばかりだそうですw
たまに通過する202路の路面電車が気になります。地下鉄が出来たら一気に旅順まで行けるようになるのでしょうね。 因みに連城軌跡工作室の人が、ちょうど昨日(5月27日)日本が施設して100年を超える路面電車、202を廃線にすべきかどうかの討論等を番組で行っていたのを教えてくれました。大連広播電視台(中国語)
動画撮影の合間に風景を適当に撮影しつつ、過ごす。
G06にDSC-QX10を付けて撮影していました。でも最近すぐにバッテリーがなくなるので、G06は使わなくなりましたね。ってかNikonのD5300は写真、動画撮影時に自動でピント合わないから使いづらいし、やっぱりSONYのミラーレスかコンデジにしようかなと思慮してるところです。
2002路の高速バスが旅順口(港ではない)に入りました。
旅順の中心部へとやって来ました。趣のある建物が多く残っています。日本の残した建物がたくさんあるのが興味深いですね。
新旧入り混じる、好きになった街、旅順に到着です。
旅順バスターミナルへ到着、菊の紋章があるトイレで用を足す
旅順のバスターミナルへ到着!日差しが強い・・。ってかこの周辺は怪しい日本語を話す客引きがいるので、気を付けましょう。しかもタクシーもぼったくり価格を提示してきますので、そんな運転手は無視して普通のタクシーに乗りましょう。初乗り10元で、おおよそ15元で観光すべきところには行けます。
菊の紋章があるトイレで用をすます。昔は日本人がこの旅順に根を下ろして生活してたんですね。そういえば最初の関東軍総司令部も旅順にありますね。
まずは、この時は閉館していた旅順日露刑務所旧跡陳列館の建物を見て、それから二〇三高地に行く事にしました。
甲午農民戦争~日清戦争ゆかりの展示がある万忠墓を観覧する
旅順日露刑務所旧跡陳列館に行く途中、万忠墓という甲午農民戦争~日清戦争ゆかりの展示がしてある場所を見つけたので、入ってみました。
入館料は無料です。
聞いた事がない旅順大虐殺の文字がw 右は超簡潔に書くと、甲午農民戦争は中国が半植民地になるかならないかの重要な事件で、北洋艦隊の基地攻撃で民間人が2万人殺戮された証明がこの万忠墓であり、この事から繁栄と富強こそが国の独立と民族の尊厳、平和を維持する唯一の方法だと結んでいます。
そんな事より昔の写真の展示にすごく興味が沸きました。
旅順の港に停泊中の鎮遠艦。
北洋艦隊の提督、丁汝昌(dīng rŭ chāng)の写真。投降せずに自ら命を絶ったと記載あり。
当時の貴重だと思われる画像が結構展示されていました。この当時もう魚雷があったんですね。
旅順に配置されていた砲台の位置が記載された鳥瞰図。
当時の砲台の写真と弾薬庫などの写真。右は明の名将、李文忠の書物の印刷。まぁ朝鮮駐在軍が撤退し、旅順に予備兵力を構える的な、そんな内容です。日清戦争とは関係ないですね。
旅順口を守る水兵の訓練の様子。
さびた錨と速射砲、そして古い浮き輪の展示もありました。
この絵画、すごいです。戦争画は日本敗戦後にGHQが接収して貸し出しという形で日本に戻って来たそうだけど、これは現存している貴重な絵画ではないでしょうか。いや、日本の画家の作品かどうかはわからないけど、通常敗戦国が自国の船が沈没するさまを雄大かつ華麗に描くわけがないですよね。 右は黄海海戦の実録。
さて、この辺りから日本の軍功を讃えてるのではないかと勘違いしそうな展示がちらほらありました。
北洋艦隊の鎮遠艦。この場合の水師(帅)は水軍、まぁ海軍という意味。右は北洋艦隊の晴遠艦。
北洋艦隊と大日本帝国海軍の黄海海戦の様子。右は損傷を受けた松島号。
左は日本の赤城号。いやそんなの知らなかったけど、意外と趣のある展示です。右は清軍の軍刀。
大連の遥か北にある花園口から上陸する大日本帝国陸軍。場所は下記画像を参照。
で、キーポイントとして、この鹿児島出身の将校が旅順で虐殺を行ったとでかでかと書かれていました。因みに鹿児島と露西亜はなぜか昔からつながりがあるのだけど、なぜなのでしょうね? 右は日本帝国軍に占領された大連湾。
花園口から南下し後方の憂い、堡塁(陣地)を攻略しつつ大連を経て、旅順を攻略しに行ったのですね。
営城子は大連の北側にある場所です。本当に何もなかったんですね。よくこんな広大な旧満州を開拓&整備したなぁと、昔の日本人に感心します。
日本の従軍記者が撮影した、日本帝国軍が民間人を殺戮した写真が展示されています。因みに動画でも言ったけど、日本人が旅順を観光する場所と、中国人と外国人が観光する場所は違うようです。彼らはこういう場所を観光するようです。いや、どうでもいいんですけどね。
当時の朝日新聞と艦隊従軍記が展示されていました。暇な方は拡大して読んで見てね!他に讀賣新聞(読売新聞)等もありましたね。
ここが万忠墓。犠牲者を弔っている、まぁ慰霊碑的なお墓です。ドロイド君が万忠墓で記念撮影。
なんと、傍にはカノン砲(加農砲)がおかれていました。迫力ありますね。
さて、万忠墓を後にして、閉館中だけど旅順日露刑務所跡の建物を一目見に行く事にしました。
旅順日露刑務所跡まで散歩
何か軍事施設が傍にありました。ってか大連も旅順も軍人多すぎです。
そうういえばいつもバス乗り場に若い空軍の人達がいるのを見るけど、なんで民間のバスで移動する必要があるの?っていつも思います。空母も出来たしその中の人なのでしょうが、一般道を歩く時は軍服脱いで欲しいね。。何か誤解されるのやだし、そこにいると写真撮れないじゃんって感じw
適当に散歩しつつ旅順日露刑務所跡を目指す。旅行記適当です。詳細は動画見てね!
途中、廃線になった旅順の鉄道へ行きつく。旅順駅は2014年に運行停止になったのです。
ロシアが敷設した鉄道か、または日本が敷設した鉄道かわかりませんが、ちと寂しいですね・・。
もう二度と下がる事はない線路の踏切と、二度と点灯する事も鳴る事もない信号をメモ的に撮影。
今度機会があればっていうか、行く気出来たら、ここから歩いて旅順駅まで行ってみようかな。
途中川を見かけたけど、超絶に汚い。もうビル建てるのはいいから下水道と下水処理場にリソース注いでって感じですかね。
道を外れてちょっと線路を歩いてみる事にしました。ドロイド君が記念撮影。
線路の傍にある建物。右は今流行りのスキャンしてWechatで支払いして乗り捨てが出来る自転車。走行経路もGPSで記録されてて見る事が出来ます。保証金は299元で1元から乗れます。いや、GPSだとは思うけど、もしかしたらグロナス(ГЛОНАСС)や北斗かもしれませんね。
AndroidネイティブはGPSしか利用出来ないのかもしれないけど、Lenovoは北斗、グロナス(ГЛОНАСС)も使えるから、ハードウェハで対応しているのでしょう。どうでもいいけど、Androidは仕様がころころ変わるので、もうアプリ作るのめんどくせって感じです。
外観が昔の建物っぽい健康ランドを発見。こういう「かんぽの宿」?的な場所は数えるほどしか今まで行った事ないな・・。
いつ建てられたのかは不明ですが、煙突が特徴的な昔の家屋が残っていました。
レンガ造りの味のある建物です。
とりあえず旅順日露刑務所跡に向かって歩を進める。
工事の為か、埃がすごいのでマスクを購入。ついでに普段食べてるのとは違う、砂糖と小豆が入ってるタイプの「緑色心情」のアイスを食す。美味い!
旅順日露刑務所の建物を一瞥
旅順日露刑務所の建物跡、旅順日露監獄跡地(旅顺日俄监狱旧址)へと到着。日露戦争後、日本が引き続き拡張して使った刑務所なのです。
アプリ(美団)の情報通り修復作業中でしたが、一目見れたので満足。ドロイド君が旅順日露刑務所の建物跡で記念撮影。
日露戦争の激戦地、旅順の203高地へと向かう
さて、本命の日露戦争の激戦地、旅順の203高地へと向かう。途中下車して軽軌で行こうと思ったけど、撮影してたら2駅も過ぎてしまった為、時間無いし戻るのめんどくせって事でタクシーで向かう事にしました。
軽軌を右手に見ながら二〇三高地へと向かう。二〇三高地は桜が有名な観光地になっていました。もっと静かで日本人やロシア人が来るような場所をイメージしていたのだけど、周囲は中国人観光客で大賑わいでした(棒読み)。
僕がここに来た来た目的は203高地、つまり爾霊山(尔灵山、にれいさん)に登頂する事で、桜の花見をする為ではありません。
ほぼほぼ中国人のみで日本語はおろか、ロシア語さえ聞こえてきません。途上、桜の花をしばし鑑賞していました。
僕は見た事がない種類の桜です。緋寒桜でしょうか。
周囲には平屋の建物が散在していました。
日露戦争の激戦地、旅順の203高地の景観区(桜の園)へ到着
二〇三高地の景観区へと到着!因みに203高地と二〇三高地2つの文字をあえて混同させてます。理由?以前書きましたね。
爾霊山(尔灵山、にれいさん)、203高地を麓から眺める。慰霊碑の爾霊山塔が見えます。当時の写真を見る限り、ここは荒野だったのだけど、よく緑豊かな大地に出来たものだと感心。因みに松の木等寒さに強い針葉樹が多いです。
ネットで買えば27元だけど、30元でその場で桜園の入園チケットを購入。ここから203高地の頂上を目指します。
💡 【大連・旅順の桜(最新事情)】
203高地一帯は現在、東北地方でも有数の桜の名所「二〇三桜花園」として大々的に整備されています。
4月下旬から5月上旬のシーズンには「大連旅順桜花節(桜まつり)」が開催され、ライトアップやイベントが行われ、連日大変な混雑を見せます。
桜がたくさん咲いていて、すごく綺麗でした。日本では梅しか花見してないのに、大連で桜の花見をするとは思いませんでした。でも大きな桜の木があまりなかったのが印象的です。
桜の種類が山桜とか少ししか分からないので、この桜が何の種類かは不明。当然見ごたえは十分ありました。
ここから爾霊山(尔灵山、にれいさん)、二〇三高地の頂上を目指して歩を進めて行きます。
誰かがドローンで撮影していました。欲しくなったので淘宝で色々見てますw
今回は写真の桜が植えられている場所には行ってません。
松の木が結構植えられています。日本から持ち込んだものでしょうか。
旅順の爾霊山、203高地の頂付近
爾霊山(尔灵山)、二〇三高地の頂上付近に到着。ここで初めておばさんたちが日本語をしゃべってるのを耳にしました。
とりあえず203高地にそびえる慰霊碑、爾霊山塔のある方へ歩を進める。
旅順の203高地、観測所と榴弾砲、爾霊山塔(慰霊塔)、露西亜のカノン砲を見る
坂を上っていくと、榴弾砲の観測所と爾霊山塔(慰霊碑)への別れ道がありました。
別の場所から登って来てる人もいました。
まずは砲台の観測所の方へと向かう。旅行記適当です。
榴弾砲の観測所跡地と、榴弾砲についての説明書き。日本語での解説はありますが、ロシア語での解説はありませんね。
本物か不明だけど(おそらく本物)思いもかけず、日本の280㎜口径の榴弾砲が鎮座していました。
何かずんぐりしていてカッコよくないというのが第一印象。ぶっといですw ここに榴弾砲と観測所を設置する事により、露西亜の艦隊を駆逐し、陸上防衛線を破壊するのに重要な貢献をしたと説明書きに書かれていました。まぁ実際は不発弾が多く、露西亜の艦隊は自沈させたとの説が有力のようですね。
榴弾砲が設置されている場所からの眺め。中々いい景色が広がっています。
次に、爾霊山塔(慰霊碑)へと足を運んでみます。
爾霊山塔(慰霊碑)の傍には概要が書かれていました。でもロシア語での説明書きはありません。**英語必要あるの?**って感じですね。
ついに203高地の頂上に到着!爾霊山塔(慰霊碑)を間近に眺める。砲弾の残骸を集めて作った慰霊塔です。まぁそんな事ここに来るまで知らなかったですけどね!あと乃木希典が漢詩を作れたとかいう事実も知らなかった。ドイツ留学したり、本当に激動の人生を歩んだ人だったんですね。
二〇三高地の頂で爾霊山塔(慰霊碑)をしばし眺める。裏には爾霊山の文字が読めます。100年以上も健在してるのはすごい。
203高地の頂にある爾霊山塔(慰霊碑)を背後にドロイド君が記念撮影。
傍には露西亜の150㎜カノン砲(加農砲)がありました。右はそこから眺めた風景。写真で見る限り荒野だった場所が、今では木々に覆われてます。
露西亜の150㎜カノン砲(加農砲)を適当に撮影。こっちはスマートでカッコいいです。
露西亜の150㎜カノン砲(加農砲)の後ろ側。旅行記適当です。詳細は動画見てね!
この爾霊山塔(慰霊碑)がある場所で、EX5000を使ってタイムラプス撮影とニコ生をしていましたねw
爾霊山塔・203高地を後にし、旅順から黒石礁、ユースへ戻る
爾霊山塔(慰霊碑)のタイムラプス撮影が終わり、ユースホステルへ戻る事にしましたが、その前に乃木希典の次男が戦死した場所へと行ってみた。 乃木保典が戦死した場所は静寂でひっそりとしていました。
帰路はバッテリー切れで、EX5000でしか撮影出来ませんでしたlol 可憐という表現がふさわしい桜が咲いていたのが印象に残ってます。
空が青い。麓では屋台がにぎわってたけど、終バスが20時まであるとは知らなかったので、急いで帰路についていた為ここでは食事をせず。 屋台の傍に鎮座しているDL3000型の路面電車の車両が印象的でした。後日これに乗り鉄するとは思いもよらなかったですね。
初めて見る大連・旅順にある路面電車の車両に興奮しつつ、しばし撮影していました。このレトロ感がたまらない!
車輪の部分です。何か田舎暮らしでバス改造して住んでる人いるけど、僕も何か欲しくなってきましたよw
帰りは旅順の方言?がきついおじさんの運転するタクシーで旅順のバスターミナルまで戻りました。
旅順バスターミナルへ到着。南路の2002路の高速バスに乗って黒石礁に戻り、今回の旅順観光は終了したのです~。
大連・旅順観光、万忠墓、旅順日露刑務所旧跡陳列館と203高地観光の動画
203高地などの旅順観光まとめ動画
2017年4月23日、大連・旅順の万忠墓、旅順日露刑務所旧跡陳列館、二〇三高地を観光した時の動画です!






















































































































































































